switch9’s blog

地球のみなさん、こんにちは

発注の仕方がわからない

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  バスに乗るたびに、シートの柄(がら)のことが気になる。バスのシートの柄はどれも個性的でバスのシートの柄っぽいデザインを他所で見ることがほとんどないからだ。80年代的でもあるがそこまで時代を遡ってしまっているような古臭さはない。現代の公共交通機関として受け入れられる親しみやすさがある。

 凝視してみると、生地は織物なので絵柄の解像度は低い。また、使用している色数は決して多くない。きっと織機で同時に使える糸の種類に制限があるのだろう。にも関わらず、その少ない色数をビビットあるいはファンシーな青や水色や黄緑やピンクで使い切っている。心落ち着くブラウンや淡いベージュへの未練を感じさせない潔さ。荒いドットとインパクトのあるカラーパレットの組み合わせは、ここ数年来の流行であったヴェイパーウェーヴムーブメントすら想起させるような8ビットあるいは16ビットの幾何学世界。それでいてアバンギャルドに陥らずに、日々、老若男女の乗客を受け入れる(そして受け入れられる)のがバスのシートの柄である。

 そもそも、どうやって発注するのだろうか。発注の仕方が分からない。タータンチェックやブラックウォッチなどとはかけ離れたこの柄の事をテキスタイルデザイナーに対して言葉で説明ができない。そもそもデザインが本職でない発注元のバス会社の人はどう頑張ってもこんな柄をイメージできない。できたとしたら尋常ではない。

「黄色い長方形がピンクの長方形の上に重なってて、それが3つぐらいで大体正方形の形になって。ええ、それの緑とピンク版もあって。そうなんです。緑とピンク版の方は深緑の部分もあるんです。正方形は所々壊れてるんですよ。後ろは細かい水玉の上に斜めの細い線がいっぱい走ってて…」

 もはや人には見えないものが見える心のビョーキを患ったか、あるいはよくないクスリに手を出してしまったか、小さいアフリカゾウが部屋を歩いている人のうわ言である。

 そんな心労をバス会社の人に負担させずにしかししっかりと要望を聞き入れ、安易な無地にはせず、バスのシートの柄という共通認識の範疇に収まりつつも、それぞれのバス会社の個性と乗客の居心地の良さや視認性の高さをクリアする、そんなバスのシートの柄のテキスタイルデザイナーを私は尊敬してならない。だから今日もバスのシートの柄が気になる。